狡いという言葉が人より好きな自信がある。
その倫理を少しだけ外れた感じに惹かれる。
たとえば、降り専用の階段があってそこは多くの人が降っている。
その一方で昇りの方の階段はがらがら。
そんなとき躊躇せず僕は右側に行く。信号にしても同じ。
周りは認めてくれなくてもきっとこれからもそうする。
外聞を気にしたとき以外きっと。
最近じゃ倫理なんてその場その時に応じた都合の良い言葉な気がするんだよね。
一応僕も少なからずは未だにそれを持っていますよっと。
どうしたって誠実さには勝てないんだけどね。
kiri.
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